本来は文明退化論者です

文化や風土は大切です。

子供のころ、小川で遊び、池で遊び、木に登って遊び、自然の中での遊びを

いっぱいしました。今の子供は家の中でも外でもゲームで遊ぶ。

かわいそうに思います。

家は木々の間に建てなければいけない。

木々の間を風がとおらないと涼しい風が吹かない。

陽のあたるべきところには太陽の光がそそいでいなければならない。

自然な茶色の土をさがすのさへ都会でさがすのは大変なこと。

土でだんごを作ってあそんだ。土いじりは遊びでした。

電気すらなくなっていいという文明退化論者です。

ずっと以前から文明退化論者です。

舗装された道路もいらないという考えをもっています。

残念ながら、昔の自然の豊かな国土にはもどらないということ。

私には原風景が目に残っています。

悲しいかな、経済優先をおこない、文明社会、便利社会、科学文明社会を

求めて邁進してきた。これからも変わらず求め続ける社会を作っていくのだろう。

人間は大切ななにかをなくしてきたと思っています。

それは文化でしょうか。自然でしょうか。人間関係でしょうか。

経済発展のために大切なものをなくしてきたような気がします。

つぎはてのズボン、おばあちゃんがつくろった靴下、ミシンで母がつくったシャツ、

テレビも冷蔵庫もなくクーラーもなく、暑いとも思わず、生活も貧しいとは思っていなかった。

水洗トイレなどなくウンチをくみだし、庭に畑をつくり、野菜を作り、幸せだったと思います。

庭の木をきったものをナタできり、お風呂をたき、水道もなく、井戸でくみ、

夏はスイカを冷やし、庭のとうもろこしを食べたもの。

にわとりを飼い、タマゴをとる楽しさ。

価値観をどこにもつかなのではないでしょうか。

使い捨て社会といわれ、その後再利用へと、今は、物があふれ、お金さへあれば何でも買える。

昔のほうがよほど再利用のムダのない循環社会ではなかったか。

この文明社会を維持するために、政治、経済がやっきになっている。

人間が疲労し、ストレス社会になっている。

社会全体が疲弊している。

まだあるかどうか知りませんが、テレビで以前放送された食べるための農耕をし、

狩猟をする方たちのほうがよほど幸せそうな顔にみえたのを覚えています。

民主主義国家とはなにかなのかを考えさせられます。

お金で自立するのでもなく、選挙や政治で自立できるものでもないでしょう。

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