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HOMECONTENTSエトセトラ税理士の独り言原点・・・原風景


原点・・・原風景

 己の原点とは何だろう。自分の原点を見つめなおし、仕事の原点を見つめなおし、会計事務所の原点を見つめ直してみよう思う。

 そのまえに原風景という言葉があるが、私の原風景とは何か。
私はもともと文明退化論者である。道は舗装すべきではない。
建物は3階以上は建ててはいけない。
家と家は木々の間に建てるべき。
エアコンなどいらない。冷蔵庫もいらない。
車や電気すらなくてよいと思っている人間である。

なんとなくではあるが、仕事の原点が原風景と重なってくる。
子供のころ庭に柿の木、桜の木、桃の木、ビワの木、ざくろの木、いちじく、椿、ツゲ、しのやグみ、チューリップ、いちご、とうもろこし、きゅうり、ナス・・・などといろいろあった。

屋根より飛び降りる。もちろん1階建て。多摩川で泳ぎ、湧き水をのみ、おたじゃくしと遊び、ザリガニをとり、コブナを釣り、魚を手掴みし、とってきたハヤのから揚げにして食べる。

友達と木の上に隠れ家を作り、畑は多く、林もあちこちにあった。暗くなるまで遊び、家に帰ってくるころはどろだらけであった。
雨が降ると長靴で転ばないよう歩き、小川でとびっこで落ちた。
遊びは自然の中だった。

今住んでいる場所は同じでもそんな風景はほとんどない。
魚はいない。
土をさがしても、舗装されていて、土の道はない。
林もない。
家の屋根から鉄橋のジーゼル電車が見えたが、建物が邪魔してみえない。

 わたしにとって原風景とは、癒しかもしれない。懐かしさとあこがれと憂愁ともいえる。
素朴さ、すなおさともいえる。

 結婚して、子供が生まれ、家族で多摩川にいって、浮き袋に子供をのせる。
こどもと一緒に釣りをする。
自然との遊びを知ってほしいと思ったからであるが、本当は自然とたわむれたかったのは、私なのだろう。
 家族との自然との遊びも私の原風景なのだろう。

自分の原風景と仕事との関係は何であろう。
文明退化論者であるのに、文明の下で生活し、仕事もパソコンを駆使して行っている。矛盾している。ましてやホームページを作成している。

気持ちの上では、文明を望んでいないのに、文明のもとで生活し、仕事をする。
仕事上は文明の利器は単なる道具である。

便利さの追求が文明であるなら、使わないわけにもいかないのが現状である。
生活も便利さの追求である。
しかし、それを望んでいるわけではない。
世の中がそうなってしまったという感がある。

大事なものを失ったと思っているのは私だけではないと思うが、なくなってしまった原風景を取り戻すことはできない。
なんとなく仕事もそんな気がしてしまうのは変だろうか。

 仕事の便利さのため複雑化していく。
単純化ではなく複雑化である。
統合すべきが本来と思うが細分化、複雑化していく世の中、本当の幸せとは何かと考えてしまう。
便利さだろうか。そうではないはず。
快適な生活、そうではないはず。原風景とだぶってしまう。

 人間は自然を支配しようとしてきた。自然との共有というが、自然に守られ、育てられてきたはず。
私には、便利さの代償のかわりにストレス社会をもたらしたように思うが。

人間から土をとりあげたせいで、失業や経済の競争を生んだようにみえるが。

 人間らしさとは、どういうことかという問いに何とこたえたらよいのだろう。
私には、原風景のある生活という答えしかみつからない。
仕事も同じように素朴さとか、自然さとかが必要なのであろうと思う。

複雑さとか細分化など仕事にはいらないであろう。そんな世の中になること。
もどることはできないのであろうか。
もっと人間らしさや暖かみのある。
利益の追求ばかり追い求める細分化、専門家した仕事ばかりである。
この世に必要のない仕事はないという人もいるが、私にはなくなったほうがよい仕事が多くあるようにみえる。


税理士 川島博巳  2009.09.29
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人間中心のTAXを見つめています