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骨折日記(ほねおりにっき) リハビリ記録
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骨折り日記の続きです。
12週間目にはいってからそのニになります。

同窓会の管理人になっているメーリングリストに「心想事成」という言葉が流れました。
ふっと、「心想事成 万事如意」 という言葉を思い出しました。
読んで字のごとく、心に思えば事がなる、すべては意の如しといった意味です。

足首がなかなか曲がらないと思えば曲がらない。なかなか歩けるようにならないなと思えば歩けない。
その逆にようし必ず曲がるようにしてみせる。歩けるようになってやると思えばあるくことができるようになる。

「心想事成 万事如意」とは、事業経営にも、試験にも、仕事にも、人生全般にすべてにつうずることと思います。
努力なしではないでしょうが、意識して努力し続ける人とそれが習慣化され自然と行っている方がいます。
経営の極意といっても身近なところの毎日の生活の仕方にあるんですね。

ともかく、早く足を治して、仕事に全力をだしたい。遊びも思い切りしたい。
そのニ  2003年3月26日〜2003年5月27日 手術後12週間目から20週間経過までの記録です。
2003.03.28 万事勝意 26日、今日と税務調査の立会い、昨日は立川支部の各部のML管理者への説明会と結構いそがしい。

今、夜中だが、お風呂からあがって足首を動かしている。お風呂の中で250回、PCをいじりながらも動かす。

前に曲げる。前にいったきり戻ってこない。右側くるぶしがいたくなる。それでもやらねばと。ああ・・しんど・・ おっと「心想事成」だっけ。
悪いほうに思えば悪くなる。良いほうに思えば良くなる。
がんばろう。
2003.03.31 母が大腿骨を骨折 片松葉杖にて15分ほど歩けるほどでしかいまだない。
12週間で歩けることができなかった。残念。
松葉杖なしでの歩行を1週間ほど目標を遅らさざるをえない。
足首の前後運動も8週間やっているが、45度も曲がらない状態である。おお・・しんどい。

夕飯に母が立ちが上がるとき転んで腰を打つ。

痛さは尋常でない感じだ。折れたなと思い救急車を呼ぶ。
私はついていけなかったが、何時間かして妻より電話、
大腿骨の上部を圧迫骨折、そのまま入院とのこと。
77歳なので、かわいそうである。

腰から足首のほうまでギブスをされたそうで、ああ、これでヒザが曲がらなくなるだろうと思う。
以前、背骨の圧迫骨折のときは入院しなかったが、今度はながびきそうである。

週3回透析しているので、透析できる病院にと救急車に私と同じ病院にしてもらったが、ベッドのまま運べないため、別の病院を検討するとのこと。
皮肉にも親子そろって骨折である。
せめて私がもう少しよくなっていたらと。

骨折の大変さは身に染みてわかるので、なんともこれから大変で母はリハビリには耐えられないであろう。
2003.04.03 母の今後の予定
昨日、透析が動かずできる病院に移動した。
母の入院しているお医者さんより今後の治療ついて説明を聞く。

正確には、右大腿骨頸部骨折 人口骨頭置換術(セメント使用)とのこと図を書いてくれたが、なんと骨盤とのつながっている上の頭部分を人口の骨にして足の骨の中にチタンの骨を埋め込み、セメントで固めるとのこと。

骨折の前まででも家のなかでかろうじて歩けるほどだったので車イスにてトイレ等が多少歩けるようになるのが目標とのこと。

リハビリは手術の翌日より開始するとのこと。
手術は4/8の予定。
2003.04.04 松葉杖なしで15分歩く 帰宅してから、いつものように片松葉杖にて歩行していたら、

妻「体が左35度傾いている」

夫「確かに、右足に体重がのっていない。
このままでは、来週の4/7までにも歩けるようにならないね。
歩けるようになるのにまだ2〜3週間先になりそうだ」

夫「右足に全体重のっけても大丈夫だと思う?」

妻「大丈夫よ」

松葉杖1本を前にして歩く。なんかいけそう。しばらく歩く。
料理中の妻を呼び、ちょっと手をかして、
妻に前にて手をひいてもらう。手に力をいれず歩ける。
手を離して歩けそう。歩く。ちょっとぎこちないが歩けた。
以前のビッコ歩きの数歩とは違う。痛くない。
15分ほど歩く。ほとんどまっすぐに歩ける。

夫「歩けた。歩けた。」
妻「信じられない。まさかほんとうに歩くとは」

夫「俺も信じられない。これなら土、日がんばれば、月曜までに歩けるかも」

松葉杖なしで階段を昇る。もちろん手すりを使ったが、降りる。
できた。

恐れと勇気が入り乱れ、勇気と突然さの偶然のようでもある。
松葉杖にたよっているとどうしても体が傾いてしまって、右足に体重がのらなかったようである。

私も妻の眼にも涙がにじんだ。
2003.04.05 右片足立ちができた 昨日の夜より、松葉杖なしで階段をよじ登り、今朝、怖いながら、つかまりながら階段を降りる。

午後3時に、車にて昭島市福祉会館へ昭島市商工会青年部15周年記念講演会に行く。片松葉杖である。

午後6時前に帰宅して、30分ほど松葉杖なしで歩く。

午後11時リハビリをまた開始する。
右足に全体重をのせることに成功、立って、右、左と足踏みをしてできそうだったので右足に全体重をのせる。
うわっ・・ できた。体重計にのり確認、体重64.5キロと増えている。ビリリィーとくる。続ける。できる。

こころなしか歩き方が10分前と違ってきた。右足に全体重をのせられたという事実は大きい。安心感が極端に違う。

いよいよ、松葉杖ともおさらばの時がきた。
妻曰く、1日260円のレンタル代よ。何と高いこと、今までで、26,000円になる。
月曜に通院予定なので、そのとき返せそうである。

のこるは足首がまだ思うようにまがらない。まだ50度、のこり40度はいぜん硬く、曲げるのは痛い。
まるでさびついたつなぎめをギーギーと曲げているよう。

チタンパネルとワイヤーの摘出もある。摘出はいつ頃になるのだろうか。まだまだリハビリは続くが、歩けた。歩けた。
まだ2〜3週間はかかるだろうと思っていたのに。
急に歩けたという感じである。

じっくりと歩ける喜びをかみしめる。
2003.04.08
(手術後13週間経過)
母の手術

昨日、松葉杖を返却する
母の右大腿骨頸部骨折 人口骨頭置換術は今日の午後2時30分頃、行われ、無事成功した。高齢なのでいたましく、かわいそうである。今後の経過が順調であってほしい。

本人は手術後、すやすや眠っていたので、話を交わさず病院より戻る。姉は8時の最後まで残った。

昨日、松葉杖を通院の際、返却する。昨日、今日とかなり歩いたので、足ははれ、痛く、ビッコにて歩く。
けっこうしんどい。

松葉杖のレンタル代は返却したあと8000円が上限とわかった。
松葉杖があると頼ってしまうとお医者さんにかっこよく言ったが、もう少しおいておけばよかった。

足首の曲がりはまたも変わらないと言われた。
いたくてもがんばらないと曲がらなくなるよと言われる。
次の通院は4週間後の4/28(これ3週間後、先生の計算間違い)ということで、この3週間でちゃんと曲がるようにしなくては。

これは本当に痛いのがまんしなければ。何せ手術後4週間経過後より毎日前後に動かしていて、いまだ曲がらないのだから、ほんとにこのリハビリはしんどい。

心想事成とはいうものの、この曲げる痛さで歩けなくなるかも。
2003.04.10 ヒザ痛く大変です 昨日、今日とヒザが痛く辛い。
寝る前に足の裏にシップ、ヒザにもシップをはり、あと塗り薬を足ぢゅうに塗って昨日は寝た。
そのせいか、今日はすこしらく。
何かこんないたいことばかり書いているような気がする。

あるお客さまが突き指して親指の治療をしていて、筋をもむといいよと言われ、足首を前後に動かしながら太ももやふくらはぎをもむ。これいいみたい。なんかすこし曲げるのが楽のような気がする。

特にヒザが痛いのでヒザ上あたりなど、ついでに足首まわりなど、ふとももと結局あちこち揉んでしまった。
そういや、マッサージをあまりやってなかった。

友人がそんなに痛けりゃハリがいいとメールのお答え。
ハリはどうも気がすすまない。

松葉杖は返しちゃったし、松葉杖の歩行のほうがらく。
信号をわたるときは、青になってわたり終わる前に赤になる。
おお・・ あぶないこと。

平成11年の東京都商工会連合会主催の異業種交流会のコーディネーターの先生よりメールにて、NPO法人の決算のことでメールがあり、人間は、大病を含め、大難に会うと、大きくなるそうですから、川島さんは大物になることが期待されますね。
というお言葉。
私は、普通で健康で楽しく生活ができればそれでいい。

事務所の職員のみなさんに感謝、一人ではなんにもできません。私が雇われているみたいです。おっと、ちがった養われているんだ。よいしょしとかないと。
2003.04.23
(手術後15週間経過)
重たいカバンを持つ 13日ぶりの日記である。正確にいうと手術後15週間と1日経過したのだが。

少しずつ、少しずつよくなってきている。ただ夕方や夜や歩きすぎたときなどは歩行が困難になり辛い。
車も30分くらいが限度である。

茅ヶ崎に所在する新しいお客さまのところに4/17に車で訪問したときは、私は運転はできませんでした。
社長さんに半年はかかるよと言われて・・
う〜ん・・やっぱりそうかなとついうなずづいてしまった。

本日、手提げの紙袋をやめ、以前より使っていた使いなれた重いカバンで初めてお客さまのところへ、税務署、都税事務所、市役所と回る。
階段ののぼりおりや歩行はしんどい。
人ゴミの中を歩くのは、まだ怖い。足が悪いと周りの人が気づいてくれません。

以前は夕方になると足はパンパンになり腫れあがっていたのが、はれも少しずつ減ってはいるが、くるぶしは痛くなる。
サポータをまだまいて、サンダルにて歩いている。
お医者さんは前回通院したとき、2週間たったらサポーターをはずしていいよと言われたが、今日がその日。
はきなれた重い靴はまだ無理。夕方には、腫れてはけそうになく、はいたり、ぬいだりはとてもまだできそうにない。
はけるようになったら、クツベラをもってお客さまのところへ回るようでしょう。

足首は自分ではだいぶ曲がるようになったと思っているが、分度器で女房にはかってもらうと、う〜んという。自分で測るとはかりかたによっては成果があるようにも、かわらないようにもなる。
お風呂のなかで曲げるより、夜の布団の中や、朝、布団で暖められているせいか曲がるような気がする。

もう峠は越えているのでしょう。1ケ月、2ケ月前を思えばずいぶんと楽になっている。悲しいかな、苦しみや痛みも時間とともによくなっていくことによって忘れていく。
2003.04.28
(手術後16週間経過)
通院する。レントゲンをとる。
サポーターをはずす。
サポーターを今日、通院後にはずす。

痛みはしないときよりあり、ちょっと不安である。

お医者さんがレントゲン写真で、折れたそばの色が薄いとのこと。
痛いだろうけど、どんどん歩いてくださいと言われる。
骨が使われてないとのこと。
つま先立ちをして筋肉をつけてくださいとのこと。

パネルの摘出のことを聞くと、手術後1年、早くて10ケ月とのこと、入院をして抜糸後に歩けるとのことである。

だいぶ友人から摘出後、松葉杖だよと脅かされていたので少し安心をする。

次回の通院は5/26の予定。
2003.05.05
(手術後17週間経過)
足首80%から85%くらい曲がるようになった。 痛いのを無理して歩く。足首周りはまだにぶいというかギスギスしているというか。硬いという表現だろうか。
「だんだんビッコひかなくなってきたね」と女房殿のお言葉。

夜は布団のなかで痛いのをがまんして、足首の前後運動を続けている。
サポーターをつけてないせいだろうか。
だいぶ前後に動くようになった気がする。気がするとは、見ようによって角度が変わってくるせい。
翌日が休みの時など気がついたら外が明るくなってくる。

朝はおきたとき15分くらい、やはり前後運動。時間さへあれば前後に動かす。おかげで、右足の筋肉はいつも痛い。

手術後4週間経過から毎日前後に動かしているから、もう13週間も前後運動をやっていることになる。
もういい加減もとのように動いてくれという気持ち。
この気持ちは経験者しかわからないだろう。

JOYに骨折日記を登録申請したら、何と登録された。
うれしい。このHP全体も会計事務所の枠を超えようと思っているので楽しくHP作りができればいいと思うようになってきた。
自己満足の世界である。もう400ページは超えているだろう。

今日は5/5の子供の日、女房と子供たちは昭和記念公園に遊びにいく。私と犬のさくらは留守番である。
行きたかったが、寝坊して起きたときにはメモ書き、追いかけようと思ったが、自転車はまだ怖く、ころんだらもうアウト。
しかたなく、さくらとみんなの帰ってくるのを待つ。
2003.05.13
(手術後18週間経過)
内側くるぶしに激痛走る 手前側に足首がなかなか曲がらないためだろうか。
昼間、歩いていて、内側のくるぶしの下が痛くなり、歩行困難になる。ビッコをひきながら、少し歩いては、休みながら、事務所までたどりつく。

痛くて歩けない状態である。今、夜中だが、痛くて歩行困難である。
ひどい関節痛というか、体重が乗せられない。
困った。一時的ならいいのだが。

母が今日、退院をする。3/31に入院だったので、長かった。間が
これからも、大変である。
2003.05.15 再びサポーターを足首にまく。
またサポーターをして通勤である。
駐車場から事務所まで歩いて5分ほどのところがまた15分〜20分ほどかかるようになってしまった。

はたして無理して歩くのがいいのか、しばらく無理をしないほうがいいのかわからない。幾分、今日の夕方から痛みがやわらいだ気がする。
それにしても、しんどく長いものである。
足首を手前に曲げるのは、大変なこと。でも、がんばってやらないといけない。完全にもとどおりに曲がるようになるまでは、この痛みは続くのであろう。
2003.05.20
(手術後19週間経過)

あまりかわりばえなし。
痛みは少しおさまってきたが、あいかわらず、ビッコをひいている状態である。
またくるぶしの下が痛くなるのではと思うと不安である。
普通にいずれは歩けるようになるとは思うが、はたしてかけたりすることができるのだろうか?
2003.05.27
(手術後20週間経過)

5/26午後、病院へ行く。1月ぶりである。
レントゲン4枚を撮る。異常はないとのこと。
診察室に入るやいなや、先生がまだビッコをひいてるのと言われる。鋭い観察である。

事情を話すと、靭帯を痛めたようだね。と言われた。
この次は6/23のとのこと。
なんと表現をしていいのかわからない感覚。つっぱっているような、ギスギスしているような、足裏にも表にも1本線でも入っているような。確かにワイヤーは入ってはいるが、それとは違うものというか感覚がいまだに続いている。

ヒザの屈伸運動をはじめる。ほとんど屈伸はしていなかったので。
テーブルにつかまり屈伸をする。ヒザが痛いが、がまん。